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    日時
    • 2020年5月13日(水)16:00-17:00
  • 場所
    • Zoom会議(参加が確定した方にURLを前日までにお送りします。)
  • 対象者
    • 上智大学の学生限定。先着30名。
  • 主催
    • 上智大学グローバル・コンサーン研究所
  • お申込み
    • 定員に達したため、受付を終了しました。
  • お問合わせ
    • グローバル・コンサーン研究所 i-glocon@sophia.ac.jp
第6回 幡谷則子先生からのメッセージとトーク・セッション
南米コロンビアのCOVID-19感染拡大対策Cuarentena(隔離・自粛)から見えてきたこと
   ―今考えるべきことは何か

幡谷則子

 COVID-19の感染拡大を受けて、ラテンアメリカの国々でも、3月半ばから、国境封鎖、渡航禁止、空港閉鎖などの緊急事態対応が次々と取られてきました。Cuarentenaとスペイン語で呼ばれている自粛(または外出禁止)措置は、日本よりも決断が早く、また統制力も強かったように見えます。それでも国別、都市別に違いがみられたのは、今回の緊急措置が政府の政治的配慮や、大企業やエリートの経済活動への影響を優先してきたことにあるのは、日本の状況と似ています。
 日本では、政府は東京五輪の開催の可能性に執着するあまり、対策の初動に遅れをとったことはもう明らかでしょう。これまで費やされた莫大な資金や開催による経済効果、国際社会での立場などなどへの忖度が朝令暮改的な様々な政府の発令に現れたことはいうまでもありません。このような、命よりも市場、経済を優先する考えは誤りであると断言できます。
 しかしながら、今は政治家の批判をしている時ではありません。私がよく知る南米のコロンビアでも、日本でも、「自粛要請(動くな)」「手洗い忘れずに」ということが私たちにできること、一番の感染拡大抑止への協力とみなされていますが、他方で、「リスクを冒しても外出せざるを得ない」人々が大勢いることに目を向けなければならないと思います。
 私の友人(コロンビアのある大学の経済学部の教員)は先日「自宅での衛生管理と自粛要請(cuarentena)における不平等」という記事を書いて送ってくれました(スペイン語が読める学生さんは次のURLから読んでみてください
https://razonpublica.com/la-desigualdad-aseo-personal-la-cuarentena/
 そこには、コロンビアには、およそ760万の人々が、安全な飲料水が入手できない(上水道設備の不足)状況にあると書かれています。コロンビア政府は国民に3時間ごとに清潔な水で手洗いを要請していますが、上水道のない人々は手洗いのために「不要不急の外出」をしなければなりません。バケツをもって川や山深い水源まで出かけなければならないのです。
 「社会的距離」の確保についてはどうでしょうか。大都市、特に首都ボゴタでは社会経済階層別に居住区が明確に分かれています。ボゴタに住むおよそ半分の市民は、最下層と下層に属します。居住環境も富裕層(最上層、上層)の条件とは大きな隔たりがあります。その第一の側面は密集度にあります。貧困層は平均50平米の家に6人くらいが暮らしていますが、富裕層は200平米を越える豪邸に3人家族、ということも稀ではありません。彼らは一人1台マイカーをもっていますが、貧困層は混雑したバスや乗り合いタクシーで移動しなければなりません。当然人と人との濃厚接触度リスクも貧しい人ほど高まります。
 そして、コロンビアでも、低所得層ほど就労形態が不安定で、自粛要請期間に職を失った人が大勢います。彼らは生き延びるために、行政やNGOが配給しはじめた食糧を受け取りに、外出しなければならないのです。他方で、富裕層はデリバリーサービスを使って何不自由ない生活を送っています。結論として、貧困者ほど、「Cuarentena」を遵守することができない事情を抱えていることになります。これを要請違反だと罰することはできません。
 だからといって、政治家にすべて「国の責任だから補償を」と期待・要求することに注力するときではないでしょう。私の友人は、この記事を以下の言葉で締めくくっています。

「変革が必要」
「誰も動くな(出かけるな)!」というのが従うべきスローガンなのでしょう。ですが、実際のところ、これは必要だけれども、人々に実行不可能な行動をとらせようと命じているにすぎません。COVID-19の感染拡大を一刻も早く収束させて、「正常な生活に戻らなければ」と考えることがそもそも間違っています。なぜなら、私たちが「正常」と考えていた現実社会には、このような社会的(排除の)問題があるからです。コロナ感染拡大のおかげで、コロンビアに内在するとんでもない社会経済格差が一層露呈されましたが、それでも政治家や大企業家は見て見ぬふりをし続けているのです。今こそ、新しい社会的・環境的契約を結んで、格差を是正し、分断された社会ではなく社会的結合のある社会を作ることが喫緊の課題なのです。

 つまり私たち一人一人が社会や経済のあり方を変えてゆかねばならない、ということです。そのためにはどんな考え、行動が可能でしょうか。
 皆さんの中には、今は新しく始まるオンライン授業についてゆくので精一杯、だとか、就活がお先真っ暗と思って不安で一杯の方々も多いことでしょう。「これまでの普通の暮らしがいかに大切だったか」という日々の生活や人とのつながりの大切さを再確認することにはもちろん意味があります。ですが、先の見えない世の中だからこそ、COVID-19が収束したその先に、「これまでの正常な世の中にただ戻りさえすればよい」というように考えるのではなく、これまでのグローバルな市場主義一辺倒の世の中は、不確実性の前にとても脆弱であることを認識する必要があります。
 そして、ではそれ以外の経済、社会にはどのようなものが実現可能なのか、一緒に考えてみませんか。ラテンアメリカ諸国でも、日本の地域社会でも、これまでに人と人との信頼関係や互助(助け合い)、自然との共生の中に、「命を大切にする経済のあり方」を追求するヒントを見出すことができます。ここでは日本の地域社会で生まれた「地域循環型経済」の事例(小川町の霜里農場)について紹介します。さらに、ラテンアメリカ諸国の事例に関心がある方には、『ラテンアメリカの連帯経済』という本の紹介も行います。

参考文献:
 大江正章『地域に希望あり―まち・人・仕事を創る』岩波新書(特に第6章)、2015年
 折戸えとな『贈与と共生の経済倫理学』ヘウレーカ、2019年 
 幡谷則子(編)『ラテンアメリカの連帯経済―コモン・グッドの再生をめざして』上智大学出版 2019年